2010年12月15日水曜日

watch


出かけるとき必ず身に着ける道具たち。


時計、iPhone、カラビナを付けた鍵。
これに加えて財布かな。

時計は、左のブライトリングのオールドナビタイマーが一番最初に買ったもの。
次に買ったのが右のIWCのフリーガーUTC。
写真に収まっていないですが、3番目に買ったTAGホイヤーのモンツァキャリバー36は、
今はほぼ奥さんの手元へ。。。
で、真ん中がIWCのポルトギーゼ。

全て20代で購入しました。
社会人になってからの買い物で唯一形に残るモノ、と言っても間違いじゃないのがこの時計たち。

一番最初のオールドナビタイマーは21歳の時に買ったからもう10年以上になる。
この時計は元々1952年に登場して以来60年の間でほとんどデザインを変えていない。
だからこそこれから先も変わらずに使えるデザインだと思う。
この60年の間にテクノロジーは発達し、パソコンはもはやスマートフォンといったモバイル機器の小型化に変わって来ているし、そのデザインは僕自身が初めて持った携帯電話とまったく違うものになっている。

これぞパイロットウォッチの定番と言えるデザインであり、ブライトリングにしか無い独自のデザインだろう。



しかし、僕の一番の定番ウォッチはコレ。
IWCのポルトギーゼだ。
右のIWCフリーガーUTCもとてもビンテージ感があって大好きなモデルだが、
このポルトギーゼという時計には不思議な魅力がある。

モノって何でもそうかもしれないけれど、いろいろなスペックがあるとそこに魅力を見出しやすい。
例えばカメラだって、動画も撮れるとか、こんな小ささで色んな機能がついているとか、それでいて安いとかっていうところに価値があったり、携帯電話もiPhoneのようにアプリを入れられるとかタッチパネルでとかっていうわかりやすい独自性があるから魅力が伝わる。

腕時計ももちろんで、ナビタイマーは文字盤を見てもらうと分かるとおり、細かな目盛りがたくさんあるが、ベゼルと言われるギザギザになった文字盤のフチの部分が回るようになっている。
これを回すことで掛け算割り算が出来て戦闘機のパイロットはガソリンの消費量を計算して飛行していたわけ。
もちろん今はコックピット内も発達しているからそんなことをする必要は無いのだけれど。。。

このポルトギーゼという時計は、ずば抜けたスペックがあるわけではない。
IWCというブランドはどのモデルもその業界の中で特別なスペックを持っている時計ばかりだ。
その中でこの時計には特出すべき機能は無い。
しかし、そこを見事に魅力の一つとしている。
もともとは懐中時計を腕時計に出来ないかというポルトガルの商人のために作られたポルトギーゼ。モデル名もそこから来ている。
ようするに、懐中時計の見易さを活かして、その見易い時計を腕に着けることですぐに正確な時間を見ることが出来るという、商人のニーズをシンプルに見事に応えたデザインなのだ。

その懐中時計に革のバンドをつけたデザインに加えて、ここがこのポルトギーゼという時計の、この時計ならではなデザインを作っているところだが、縦にクロノグラフと言われるストップウォッチ機能のインダイヤルと秒針のインダイヤルを二つ配したところが、この時計の印象的なデザインを決定付けている。
しかし、ただそれだけのデザインだ。
僕の思うポルトギーゼの魅力とは、そのシンプルなデザインを細かな作りで演出しているところ。
例えば時針と分針のリーフ型のデザイン。そして12時方向に真っ直ぐ細くピンと指すクロノグラフの秒針。さらにアラビア数字のフォントのセレクトとそれを文字盤の裏から叩き上げエンボス加工になって浮かび上がっている立体感。12時と6時にまたがるように窪ませたインダイヤル。
この全てのバランスがそのシンプルな文字盤ながらとてもセンスの良い立体感を生み出している。

そして、ストップウォッチのスタートボタンとリセットボタンのデザイン。これもとてもシンプルなデザインだがそこがまた印象的。

全体のデザインのバランスが本当にセンスが良い。

奇抜なデザインを考えるより、潔いシンプルなデザインを魅力的に見せるということこそ難しいと思う。
洋服も同じくシンプルでカッコ良い服作りって難しいし、音楽もそう。
しかも、ゴチャゴチャデザインがされた服はカッコ良くてもすぐに飽きがきてしまう。
派手な音色の音楽も耳が疲れてずっと聴けない。。。
何でもそうだけど、無駄なデザインが付けば付くほど、不必要なデザインに思えてくる。

時計は機能美。
機能で出来たデザインだからこそ、必要なデザインで無駄が無い。
デザインに理由がある。
何となくカッコ良いから付けたデザインよりも、理由のあるデザインって意味がある。
意味があるからこそ廃れない。廃れないデザインだからこそ永く使えるように思う。

僕はこの時計たちを高級品だと思っていない。
むしろ、いかにも高級品を身につけていますっていうのがダサいとも思う。
この時計たちは、高級品ではなくて、一級品だと思っている。
かつて、その道のプロたちが必要だと思って作られたモノ。
それは高いものを身に着けて、これ見よがしに見せびらかすお金持ちの道具ではない。
自分たちの仕事に誇りを持って臨むための道具だ。
そんな時計を自分も身に着けることで、何か毎日の生活の中で程よい緊張感を生み、
ハリのある時間を過ごし、それを身に付けている時間を楽しめることが大事だと思う。

今僕らにとって必要なのは、毎日の生活を楽しめる本物なのではないだろうか?
そして、振り返ったときに、この時計を着けて何か頑張ったとか、この時計を買った年にこんな出来事があったとか、この時計は何かの記念に買ったとか。
後々の人生の中で記憶に残るような買い物になって、記憶に残るような思い出になるモノだと思う。


そんな風に身につけたら、それって値段以上の価値があると思いませんか?

僕は10年以上、そう思って身に着けているし、全ての時計に思い出が刻まれています。


その話はまた今度…
語りつくせない…



ウチのパネラスティにも秘話があるはず。
パネライ愛は敵わないかな。。。






murayama

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